Caipiroska *4
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不思議な気持ちだ。
今日初めて出会ったのに、まるで昔から知り合いだったかのような。
彼は、鳳翔大さん と言った。
なんでも、この辺りの劇団で役者をしているそうだ。
人懐こい笑顔で、次から次へと話題をふってくれる。
「へー、山田くんて野球選手なんや!すごいな!」
「あのな大ちゃん、いまどき"山田哲人"知らんとかあかんで?」
「え、うそやん!あんまりテレビ見いひんから、そういうの疎いねんもん。山田くん、ほんまごめんな」
「いいっすよ。逆に新鮮っす!」
「「めっちゃええ子やー」」
ふたりの見事なシンクロ具合に、俺は思わず声をあげて笑ってしまった。
「ふふ、やーっと哲人の笑顔がみれたな」
マスターがほっとしたように言う。
ちゃんと気持ちを切り替えたつもりだったが、自分でも気づかぬうちに面に出てしまっていたようだ…
「マ、マスター!いつもいつも心配かけてすんません。
でも俺、次こそがんばりますから!
ホームランでもヒットでも打ってやります!」
「…おい、哲人!お前のことは応援してるけどな、阪神戦では打ったらあかん!!」
そう、マスターは根っからの阪神ファンだった。
Caipiroska *3
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しばらくして、ドアベルが勢いよく鳴った。
「マスター、話の途中にごめんなー」
すらりと背の高い人が、騒々しく入ってきた。
「おー、おかえりー」
「こんな時間に、劇団から電話で…って、お客さんいらしてたんや…」
すみません、と俺の方にぺこりと頭を下げ、カウンターの端席に座る。
ああ、彼が黒いコートの持ち主か。
第一印象は、端正な顔立ちのとても美しい人だった。
「哲人、うるさくてごめんな。こいつ舞台やってるから、無駄に声おっきくて。な?」
「ちょ、マスター。無駄には余計やろ!」
クールビューティーな外見とは反対に、彼はがははと豪快に笑った。
Caipiroska *2
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ー カラン、コロン
「いらっしゃいま… おっ、哲人!ひさしぶり!」
「どうも…」
「元気ないなぁ。ま、今日は絶対来ると思っててんけどな。ふふっ」
マスターはいつもと変わらない笑顔で、あたたかく迎えてくれた。
「はい、おつかれ。今日ここでもええ?」
「平気っす。いつもありがとうございます!」
「こちらこそ」
おしぼりと、サービスの生ビール。
店内には俺とマスターのふたりきりだったが、いつも座る席には、飲みかけのグラスと黒いコートが置かれていた。
(そこに座るってことは、マスターの知り合いとかかな…)
そんなことを考えながら、きんと冷えたビールを勢いよく喉に流し込んだ。
Caipiroska *1
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4月とは言えど、夜になるとまだ少し肌寒い。
その証拠に、うっすらと白いため息が、闇夜に消えていく。
ああ、また今日も負けてしまった。
折角のチャンスをものに出来なかった。
(あの時、思い切ってバットを振っていたら…)
あかん、もしもの話はよそう。
考えても時間のムダ、結果は変わらへんし。
気分が晴れないそんな夜は、お気に入りのあの店で。
次の試合への活力を…
俺は慣れた手つきで、店の木扉を押した。